最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)3号 判決 1947年11月05日
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人上告趣意書は、共犯者宇田川は私の身内なるがため其の情に取われ今日迄右宇田川に頼まれた通り身におぼえ無き事を申し上げて居りましたが今と成って深く考へ、家に居る家族の事なぞ思えば真実を申し上げて私一人のためでなく皆様の努力に答へる次第です。一、調書とちがふ點。一、棒を使用させたおぼえ無し。一、品物を取る話合をしたおぼえ無し。一、合圖をしたおぼえ無し。右の通り私の罪名に對して全々知らぬ事ですから今一度お取上げ願ひます。と云うのであって、所論は畢竟原判決の事実の認定を非難する趣旨に歸するから、このような所論は、日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十三條第二項の規定により、適法な上告の理由ということができないので、論旨に理由がない。
辯護人西塚静子の上告趣意書第一點は、原判決は被告人の犯罪事実として被告人は被害者宮沢徳吉が被告人にサッカリンの賣り方を斡旋さるゝや、之を奇貨として相被告人宇田川源造と右徳吉より該サッカリンを強取せんことを謀議し、被告人の合圖に從ひ源造が突如徳吉を襲ひ長さ七寸の樫棒にて徳吉を毆り同人の携へ居たるサッカリンを強取せんとし、同人に打撲傷を負はしめたりとせられ其、證據として、一、被告人・相被告人宇田川源造及證人宮沢徳吉の供述、一被告人等が叔父・甥の關係にある旨の供述、一、司法警察官の聽取書中判示同趣旨の供述、一、醫師の診斷書、一、樫の棒、を綜合して之を認むとせられてゐる。即ち、両者の間に強盗の共同加行の意思竝に行爲者により犯罪行爲が分擔せられたることを認定してゐる。然しながら一件書類によりては未だ被告人齋藤政幸につきてはサッカリンを奪取せんとする故意は認められない。相被告人源造は第二回訊問調書に於て、叔父がサッカリンを沢山持ってゐる者があるから騙してとらうと申しましたと云ひ(六十丁)うまく行かぬときは掻拂ふか喝上げすると云ひ、公判期日に於ても騙して取って持ち逃げしようと思ったと云ひ、裁判長が毆れと云ふ話はと訊問すると左様な話はありませんと答へてゐる。裁判長が尚もそれでもうまくゆかないときはと疊みかけ棒で毆ってくれと云はなかったかと追求すると、左様です。さう申されました。とあり、この源造の供述は前後矛盾してゐる(一三八丁)。被告人政幸も公判廷に於て騙してとる積りであった。棒を(毆るために)使用さした覺えなしと云ひ飽までサッカリンを騙取せんとしたと云ふことを供述してゐる。其の他聽取書には源造も被害者徳吉を連れ出すときに同じ電車に乘って尾行したと被告人両名とも供述しある旨の記載あるも、源造は自分の家より直接犯行の二時間前に行ったのであり、被告人両名の供述が符合したからと云って必ずしも真実ではないのであって前後矛盾する供述を直ちに證據として援用し政幸に於て結局に於て毆らせる意思であったか傷害の意思があったかの重要なる點につき原判決は審理せざるもので之れ審理不盡であり延いて法の適用を誤る違法がある。何となれば被告人政幸に全然被害者を毆り財物を奪取する意思なきものとすれば源造の実行行爲たる毆打との間に犯意と事実とが齟齬したことゝなり政幸は過剰行爲に付ては責を負はず(教唆と被教唆者の実行のそごする場合に付、小野刑法講義一九九頁、久禮田刑法学概説三三八頁御参照)假令、本件の源造の行爲が結果的責任たる強盗傷人罪なるも、強盗を爲すことを共謀せず、又、源造に對し徳吉より財物を奪取すべきことを命ぜざる以上、政幸の行爲は強盗傷人として問擬せらるべきでないからである。と云ひ、同第二點は、從來大審院は過失犯に付き共同正犯の成立を認めてゐない。(明治四十四年三月十六日第二刑事部判決。大正三年十二月二十四日同判決。大正十三年十月二十三日同判決)これは過失犯には共同加行する事実の認識がないからであらう。一方強盗傷人罪は強盗罪と傷害致死罪との結合罪に外ならずとし(大正十一年十二月二十二日聯合部判決)てゐるから傷害を生ずべき程度に於て犯意の成立あることを要するのである。(牧野日本刑法八九三頁)若し然りとすれば被告人政幸の行爲が騙取せんとする意思あれば格別、毆れとか傷害せしめんとか命ぜざる以上強盗罪と傷害致傷罪との結合犯たる強盗傷人の共犯とはならぬであらう。而して前述の判例の如く過失犯に對する共同正犯を認めないときは結果的加重犯に對する共同正犯をも否認すべきことゝならう。と云うのであるが、
およそ強盗の共犯者中の一人の施用した財物奪取の手段としての暴行の結果、被害者に傷害を生ぜしめたときは、その共犯者の全員につき、強盗傷人罪は成立するのであって、このことは強盗傷人罪が所謂結果犯たるの故に外ならない。ところで、原判示事実は、原判決の援用する證據によって優にこれを證明することができるのみならず、被告人に對する強盗傷人罪の事実の判示として聊かも間然する所はない。從って、該事貫に對し刑法第二百四十條前段の規定を適用して被告人を處斷した原判決の措置は正當であって、その間何等の違法の廉はない。原判決を目して審理に盡さゞる所があると云い、或は過失犯に共同正犯なしとする理論を援引して、結果的加重犯たる強盗傷人罪にも共同正犯なしと云うが如き所論は、いずれも獨自の見解であって、ともに採用に値しないから、論旨はいづれも理由がない。
以上の理由により、刑事訴訟法第四百四十六條に則り、主文の如く判決する。
この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)